FC2ブログ

ル・シュクリエの乳がん治療の日々

ある日偶然見つけた胸のしこり。乳がんの診断から手術、術後の治療の日々を綴っていきたいと思います。とても不安だった手術までの日々。同じ病気で不安な日々を送られている方に少しでも参考になればと思います。

家族には

ガン告知を受けた日、両親や子供達にどう話そうかと迷いに迷いました。
心配をかけたくない。という気持ちが強かったです。
でも入院して手術を受けるので、隠すこともできません。

帰宅するとまず父親が待ち構えていて私に聞きました。
「検査の結果はどうだった?」と。
「大丈夫やったんやろ?」

「ん~あのね、ガンだったわ。」

父は一瞬言葉をなくして、ちょっと考えてから
「そうか、しっかり治さんとあかんな。」と言いました。

私が、「悪いところは全部取ってしまえば大丈夫やと思う。」というと、
複雑な顔をしていました。

そして息子達にもストレートに話ました。
「お母さんな、ガンやったわ。9月2日に手術することになったからね。」

迷いに迷ったわりに直球という(^^::
二人とも一瞬間があって、

「手術したら大丈夫や」と言ったような。。。
場を明るくしようと気を使っているように見えました。

たぶん私に見えないところで彼らなりに色々考えたり心配していたと思います。

母は後から話してくれたのですが、やはり私から病名を聞かされた夜は心配で眠れなかったそうです。
でも次の朝には、手術までバランスのいい食事をたくさん食べさせて、体調を完璧に整えて万全の態勢で手術日を迎えさせるぞ!と決めたそうです。

母強し。


スポンサーサイト



このページのトップへ

新しい病院の先生に紹介された病院でMRIとCT、その他手術に必要な検査を受けました。
CTは特に問題なかったのですが(でもあの空気が震える音が苦手)、MRIが怖くて怖くて。
私は閉所恐怖症なのです。
すごい大きな音がするし(ヘッドフォンします。でもそれでも音がすごい)、それに30分耐えないといけないなんて、私にとってはまさに拷問。
しかも左わきがよく映るように横にならないといけなかったので、ヘッドフォンはできず(--;
耐えられない時のためにナースコールボタンのようなものを右手に握らされ。。。。
無情にも細い穴の中に。
頭が穴に入っていく時にちょっと目を開けてしまって、パニックになりそうになりました。
「もう引き返されへん。どうしよう。」
本当に怖いんです。閉所恐怖症には。

30分かかると言われたので、1800数えたら出られるんやなと思い、硬く目をつむって心の中で
「い~ち、にぃ~い、さぁ~ん。。。」と数を数え始めました。
それでも怖い。
ヘッドフォンがないので、重低音の爆音がドンドコドンドコ耳元で鳴りまくり(--;
心が折れそうになったとき、
その時ふと次男の笑ってる顔が頭にうかんできました。
涙がいっぱい出てきて、不思議とすぅ~っと気持ちが落ち着いてきて。
ここでも次男に助けてもらいました。

「お母さん、こんなことで負けてたらあかんな。」
「息子らのために頑張らんとあかんな。」

それで気持ちを何とかもちこたえることができました。
それでもMRIの検査中は涙が止まらず。
検査が終わったときは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってました。

検査の後、外科の先生とお話することになるのですが、ここでもショックなことが。

このページのトップへ

検査結果が月曜に聞いて、二日後にMRIとCTの予約を取っていました。順調に行けば9月9日頃に手術になるだろうというお話でした。
日もなくてこんなに早く決めちゃって良いのかどうかという不安もありました。
そんな時、友人や知り合いの方から、「病気になったら病院は最低3つ回らないと。」と言われ、友人がすすめてくれた病院でも診察してもらうことになりました。

そこの先生は、頭が真っ白の上品なおじいちゃんで(見た目は80歳ぐらい)、内心「大丈夫かな。。。(^^;;;」とちょっと不安になったのですが、マンモグラフィーとエコー、触診をしたあと、「これくらいの大きさであれば大丈夫ですよ。リンパにも転移してない感じだしね(^^)」とおっしゃってくれて、とても安心しました。
グラフを見せてくれて、「きちんと手術をして術後も投薬治療を続けていれば10年後の生存率は90%以上あるんですよ。」とお話してくれました。
自分では月曜日に結果を聞いた時に、もうすぐ死ぬのかな。。。と気持ちが沈んでいたので、生存率の高さに驚きました。

ここの病院では、「ガンの原因の30%は食事が原因です。」ということで、先生から普段の食生活についても色々聞かれました。食事療法にも力を入れているようでした。

手術の方法も丁寧に説明してくださって、全摘出の場合は胸の再建手術も同時にできること。一部だけ切除して放射線を当てる治療法の2種類選べることがわかりました。
手術日は9月2日にできます。ということでした。

この先生にお世話になろうとその場で決めました。

でもちょっと不安はありました。すごいおじいちゃんなので、手術の時に手が震えて傷口がギザギザにならないのかなぁ。。。とか。←すごい失礼な患者です(^^;

この病院は個人病院なので、手術とMRI、CT等の検査は指定された病院ですることになります。
1週間後に予約を入れてもらって帰りました。

「生存率が90%以上。」

まだ生きていられるんだ。と思いました。
真っ暗だった気持ちが少し明るくなりました。

このページのトップへ

検査結果

8月18日。
朝から病院へ検査結果を聞きに行きました。
半分不安で半分大丈夫でしょー♪って気持ちでした。
診察室に入って先生から、「検査の結果、悪性の腫瘍でした。」と聞かされて、一瞬面食らったようになりました。

「え?」

そのあとすぐに先生が乳がんについて説明して下さったのですが、あまり耳に入らず。
自分のことだからしっかり説明を聞かなきゃとは思うのですが、頭が上手く働かず。
気持ちを平常心でいられるようにするにはどうしたらいいか必死に色々考えていたように思います。
自分のことなのに人ごとのように聞いていたような記憶があります。
だから驚いたけど、悲しいとかそういう気持ちは感じませんでした。

先生に腫瘍はステージⅠで初期のガンで、リンパや他の臓器などに転移していないか調べる必要があると言われ、ますます不安が強くなりました。
二日後のMRIとCTの検査の予約を取って診察室を出ました。

待合室でぼんやり待っていると、さっきまで平気だったのに、ふとこれからの事を考えると、急に不安で悲しい気持ちがこみ上げてきて、こっそり涙を拭きました。

しばらくして別室で看護師さんから検査の説明があったのですが、仕事や先のことを考えると不安でしょうけど頑張りましょうと声をかけられて、ずっと今まで押さえていた気持ちが堰を切ったようにあふれてしまって、人前で涙をぽろぽろ流して鼻水ずるずるすすりながら泣きました。

車の中で、両親や子供達に心配をかけてしまうなぁ。。
どんな風に説明しようか。。。と色々考えながら、英会話のレッスンに向かいました。

その時はとても英会話のレッスンを受ける気分ではなかったのですが、先生にご迷惑をおかけすることはできないので、とにかく行きました(笑

このページのトップへ

16日の夕方からははとバスでの東京観光です。
バスに乗ってスカイツリーの夜景を見ながらホテルでお食事→スカイツリータワーへ→銀座観光。
22時前に東京駅に着いてそれからホテルへ。
とにかくよく歩いた一日でしたが、娘のスカイツリータワーに行きたいという願いもかなえられたし、ホテルの夕食も美味しかったし、夜景もとても綺麗でした。
娘も私も大満足(^^)

娘が去年社会人になり一人暮らしを始めたこともあって、なかなかゆっくり話をする機会もなかったので楽しい時間を一緒に過ごせていい思い出ができました♪
次の日は1時過ぎまで浅草でのんびり観光を楽しんで娘は一人和歌山へ。
私はコンテストの授賞式と搬出があるので会場へ。
和歌山に帰ってきたのは22時過ぎでした。
駅に着くと迎えに来てくれているはずの父が見当たらず、電話をすると寝ていたいというオチ付きで(笑
タクシーに乗って自宅まで帰りました。

父は今年77歳。年齢の割にはとても元気で毎日7キロをランニングして、現役で仕事もしているのですが、
ところどころで「えぇ???」ということをしてくれます。
今回入院した時も父のお陰で大変な目にあいました(--;
このお話はまた後日ということで。

娘との楽しい東京の旅。嵐の前の静けさといいますか、次の日にまさかのガン告知。
ここから急展開のドタバタが始まります。

このページのトップへ